あることないこと。

管理人が絵を投げるだけのブログ。

【本編】My mind world 02

・いつも通り観覧注意。

 

 

 

「僕が君で、君が僕だからだ」

今となっては聞き飽きたセリフを初めて彼から聞いたのは、一年前のことだ。
あの頃、恭也はかなり荒れていた。不良になったとかそういう事ではないが、父親には口を開けばすぐに罵声を浴びせ、帰ってきてすぐに自分の部屋に籠もり、壁を殴る。机を蹴飛ばす。ガラスの割れる音が、慎内家に響き渡る。
もちろん、原因はあの三人だ。
裏切られた小学四年生の時から日を重ねるごとに、三人の「嫌がらせ」はどんどんエスカレートしていった。物は消えるし自分の周りからも人がいなくなっていく。まあ元からいなかったのだが、人々の自分への興味が、悪い方向へと曲げられてしまったのは事実だ。
誰も助けてくれないんだ。
誰も自分を助けてくれないんだ。自分じゃどうしようもできないのに。
家に帰る。父親に一方的に当たる。それでも気分は晴れないから、自室に閉じこもって布団を被る。今この瞬間、恭也は意識のあることが嫌で仕方がなかった。何かを考えようとすればすぐひねくれ曲がってしまう。そんな考え方をする自分も、そこまで追い込んできたあの三人も嫌いだと、もう寝て考える事を止めたいと思った。
そんなふうに一日中不安でいるものだから、恭也の体力は限界だ。思いのほか意識はすぐにふわふわと飛んでいく。
ああ、眠気は救いだ。寝てる間は考える事を止められるんだから。
自分を守ってくれる存在が、眠ることのどこかにあるように思った。そして恭也は夢の中へ入っていった。

でもそれは間違いだったようだ。

「な…にこれ…」
俺はいつの間に学校に来たんだろう。いやそもそもどうやって起きてどうやって登校したんだ?
鈍く光を反射する廊下も画鋲の刺さった緑の掲示壁も引き戸から覗く金属と木材で出来た使い古しの机と椅子も、
毎日煩わしくて仕方なかったいつもの学校であった。それが恭也の眠りのその先だったのだ。必要な目覚めるという動作をすっぽかして学校に来た訳ではなかった。
「夢、か」
ぽつり、安堵と不安の混ざった独り言をこぼした。夢ならいいが、夢の中まで嫌いな学校に居たくないと、複雑な気持ちだ。
それにしても、嫌なほど鮮明な夢だ。少しふわっとした感覚はあるものの、学校がまとった空気はそのものだし、少し違うと言えば人がいないくらい。
それと、廊下の奥はぽっかりと穴の開いたように真っ暗だ。手前には、立ち入り禁止の看板が置いてある。
恭也は直感的にその先には何かがある、と思った。闇ではあるが無の世界ではないと、何故だかそれは間違いではないと確信していた。
何かがあるのなら、それを確認したい。
そうして夢の中で初めて闇に向かって歩き出そうとしたその瞬間、

ガラリ

何か固く重たい物が足に当たって、床を転がる音が聞こえた。
音の方へ目をやると、そこには水道管を切り取ったような、鉄パイプがあった。
まるで手にとって振り下ろせる凶器用、みたいな。

ゾワ、と背中の産毛が立つような恐怖感に襲われた。この鉄パイプは危険だ。手に持ってはいけないと、また恭也の直感が働いた。ここは自分の夢だしそれを信じない訳にはいかないのだ。
すぐにこの場を去って暗闇の先を確かめよう。そして起きるんだ。妙な焦りを感じつつ早歩きで立ち入り禁止看板の前まで移動する。そして看板のその向うへ…そう思ったのだが。
恭也の動きは制止される事となる。
「駄目だよ、そっちに行っちゃ。」
廊下を伝わって直接頭に入り込んでくるような、気味の悪い「自分の声」が背後から聞こえてきた。それでピタリ、と足をとめてしまったのだ。
恐る恐る振り返ってみる。誰?そこに何がいる?怖い。何故自分の声が聞こえてきた?ここにきて恭也の直感は意味を成さない。だから振り返らないという選択肢は、ない。
そして振り返って、恭也は声を出して驚かずにはいられなかった。

自分が、そこには真っ白な髪で赤い目のまるで自分と正反対の、自分自身が笑みを浮かべて立っていた。

「あはっ、驚いた?驚いた?ごめんねえ、驚かさない登場方法、わからないからさあ」
確かに自分の声なのに、ねっとりとした話し方。悪くもある無邪気をまとった表情。無表情で声の小さい自分とは違うが、確かにそれは自分自身と言っていいほどそっくりであった。
「な、んで、おま、えは、」
「誰、って聞きたいのかな?」
「っう…」
それを問う前に、先が読めてますよと「自分」が割って入ってきた。一言喋らせてくれるつもりは無いらしい。
「じゃあ自己紹介、といこうか。まあ正直なところ初めましてじゃないんだけどね」
「な、どういう意味」
「まあいいや。はじめまして慎内恭也君。僕はね、君だよ。君自身だ」
「…は?」
あれはたしかに自分に似ているが別人のようで。だから察してはいたものの、その答えについて行けないほど、恭也の頭の中は真っ白だ。
「信じてないねえ。僕は本当に君自身だよ?その証拠に僕は君の考えてる事が全部わかっちゃうんだ。例えば、君のあの三人に対する感情の声とかね」
あの三人。
あの三人とはもちろん藤井、深山、田崎の事だ。憎らしい、裏切り者の三人。一気に恭也の真っ白だった頭の中は黒い考えで染まっていった。
恭也の驚きの表情がくしゃ、と歪んでいく。ああ、夢の中まであいつらの事を思い出さなきゃいけないなんて!
「そんな怖い顔しないでよ。僕だってあの三人を良く思ってないんだからさ。」
「っあんな奴ら、あんな奴ら良く思えるわけっ、」
「そうでしょ?あんな奴ら嫌いでしょ?最低な奴らだもんねえ。僕にはそれがよくわかるよ。」
俺を裏切った最低な奴ら。
「…お前も、あいつらに、裏切られたって言うのか」
「そうだよ。だって僕は君だからね。僕だって裏切られたんだよ」
仲良かったのに。楽しかったのに。友達だって信じてたのに。
「なんで、お前は現れたんだ。痛みを共有する為か。悪いが俺はそんなことしている余裕はないんだ」
だってまた明日も明後日も明々後日も学校学校学校。あいつらがいるんだもの。
「そんなことするわけないじゃん。痛み分けなんて意味が無い。それよりもっと、素敵な事をしにきたんだよ」
「素敵な事、って」
「君の望んでるものだよ」
俺の、望んでいるもの。それは何だ?共有できる友人か?わかってくれる家族か?

「君の望んでいるもの。それは、君を守ってくれる存在だろう」

…ああ、確かに望んだかもしれない。

「守る…?お前が守る?俺を?」
「そう。僕が君の望んだ守ってあげる存在だよ。」
「くだらない。他人が俺を守れるか。今までだってそんな奴一人もいなかったじゃないか!」
「だからこそ望んだんでしょう?自分で自分を守る事を、ね」
自分で自分を守る。それは守ってくれる人を欲した故の最低限の行動だ。誰も助けてくれないなら自分で自分を助けるしかないのだ。
それは恭也自身が一番わかっていたことだった。
「何度も言うけど僕は他人じゃないよ、君と同じ存在だ。だから君は自分で自分を守ることを望んだ。そうして僕がここに来たんだ。もう、わかるよね?」
「わかるよ。わかっているけど。お前が来たところで何が変わる?俺を守る?夢の中の存在のお前が?どうやって!」
「話は簡単だよ。自分で自分を守る方法。それをやらせてあげようって言ってるの。」
「自分で自分を守る方法…?」
「攻撃は最大の防御、ってやつだよ。そう。やり返してやるのさ。あいつらがもう手が出せなくなるほどコテンパンに!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Chapter:02

 


「さて、今日こそは復讐しようよ。何もしてこない今がチャンスだって。」
「…出来る訳ないだろ」
もう恭也が白い少年と出会ってから一年くらい経つ。でも、恭也は復讐をしてこなかった。
怖かったのだ。だってその方法は、その残虐な方法は、傷ついた恭也には重たすぎる方法なのだから。言い返してやる、やられたらやり返すなどそんなカワイイものではなかった。

「あいつらを、殺すなんて」
「何も本当に殺すなんて言ってないじゃん。ここは夢の中なんだよ?ここでしたことがリアルになるなんて怖い怖い!」
けらけらと笑いながら白い少年は言う。そうここは夢の中。ここではいくら人を殺しても、咎められることは無いのだ。
「だから前から何度も言ってるけど!夢の中で死んだってリアルでは生きてんだろ。復讐になってないし意味無いじゃんか…」
はぁあ、と重く長いため息をついてうなだれる恭也。それに続いてストレス解消になる!とか訳のわからない事を言う白い少年に、胃が痛くなる毎夜だな、と恭也は思った。
白い少年も流石に微妙だったらしく、はは…と乾いた笑いでさっきの発言を誤魔化していた。
「んー、じゃあリアルで同じ事が起きるんだったら復讐する?」
苦笑いをする白い少年が言うと、恭也はうなだれたままで
「いや、俺には怖くて出来ない。いなくなって欲しいとは思うけど、死ねとまではいかないよ。それこそあいつらと同じだし…。」
と言う。実際、夢が現実になんてことは起きる訳がないのだけど。
「…恭也は、良い子ちゃんだねえ」
「はあ?」
「あんなにされて死ねって思わない、とか。僕を求めた癖に。」
「別にお前は求めてないっての…」
正直一番求めてるのは日々の平穏なんだけど。と、恭也は思ったが言わなかった。
「うん。でも、僕………」
白い少年が突然黙って下を向く。ポソポソと何かを言っているようだが、聞きとれない。
「なんだよ」
苛立ちのある声で恭也が聞くと、ハッ、と我に帰ったように顔をあげた。その顔にはすこし焦りのような感情が見える。
「ああ、ごめん。なんでもないよ」
そう言って白い少年は、すぐいつもの笑顔に戻った。いつもの気味の悪い笑顔だ。
「ほら!そろそろ起きる時間だよ、恭也」
「…もう、そんな時間か」
名残惜しそうに恭也が言う。実際は学校に行くなら夢に居た方がいい、とかそういうのだろう。
「じゃあね。また夢の中で会おう」
「…ハイハイ。」

そうして恭也の世界は白い光に染まっていった。いつもの夢が終わりいつもの朝が、やってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:R】

 

ガヤガヤと、耳障りな喧騒が続く。
この喧騒を聞くと、嗚呼自分は学校に来てしまったんだな、と酷く疲れたように思えるのが恭也はとても嫌なのだ。
それもこれも全部「あいつら」の所為なんだけど。
固くて冷たい机に突っ伏す。思えば寝たフリも随分上手くなったものだ。自分のちょっとした行動がすべてあいつらのネタになるのなら授業中完睡してた方がマシだと、ずっと続けてきた所為である。
ああ、目を閉じたら学校が終わっていればいいのに。
そう思って、目を閉じる。今日も意識と共に全てをシャットダウンしよう。このまま下校まで全てを遮断していよう。そう、願ったのに。

「あれぇ、慎内くん、寝てるのかなあ?」

自分の脳をグチャグチャと掻きまわすようなとがった声が、耳を貫いた。
サッ、と恭也の血の気が引いていく。
この声、聞きたくないのに聞こえてしまうこの声は、「あいつら」の一人、藤井の声だ。
今日も恭也を面白がって傷つける為に、わざわざはじっこの自分の席まで来たのだ。
その存在に、じわじわと恐怖が募っていく。また自分を言葉の暴力で追いつめて行くのか。もう散々やってきたのにまだやり足りないのか。
ふざけるな。俺はただ静かに暮らしたいだけだ。それを何故邪魔する!?
「もしもし?寝てる?そんなわけないよね~、いつも寝たフリでしょ?」
見透かされている。でもそんなのは関係ない。起きあがってあいつらの顔を見たら最後だ。寝ろ。耐えろ。すぐ飽きてどこかに行くさ。
恭也は自分に言い聞かせた。時間が解決してくれる。
「オイ、起きろよゴミ。起きろっつってんだよ」
ドスの効いた声に変わる。切っ先がさらに鋭くなっていく。それでも顔を上げない。顔を見るのが怖いから。顔を見ればあいつの悪意のある笑顔が脳に入り込んでいくから。
「なあ藤井、そんなこと言っても寝たフリ止めないって。もっと刺激がないと。」
藤井の後ろに居ただろう深山の声がのしかかってくる。刺激なんて、二人の声で十分味わっていた。
「へえ、刺激ねえ…」

嫌な予感がした。刺激とは何の事を言っているのかわからなかったが、とにかく嫌な予感がしたのだ。
唇が震える。歯がガチガチと音を立てる。
「隣の子、とか?」
そう言った藤井がにやり、と笑ったような顔が目に浮かんだ。隣の子。確か恭也の隣の席の子は、整った顔立ちの、黒い髪の綺麗な女の子だ。

…人の気が多い教室で?隣の綺麗な女の子?

まさか。恭也は想像してしまった。
この先、「あいつら」が何をしてくるのかを。

「はいミナサン、注目!!」

皆の視線が一気に藤井達に集まる。

「この慎内恭也くんから、ミナサンに重大発表がありまーす!」

ざわ、と違った喧騒が生まれる。
恭也に視線が集まる。顔を伏せていても痛いほどわかった。突き刺さるような視線が恭也をぶすりと刺していく。

「なんとぉ、慎内恭也くんはぁ、隣の席の高野さんに恋をしていま~す!」

「――――――――――は?」
隣の席の、高野さん。
恭也の嫌な予感が当たった。だが、焦りによってまだ現状を把握しきれていない。

(確かに高野さんは学年で有名な美人だ。でも、それを、俺の恋愛対象だって?なんで?
そんなデマ、周りに知れ渡ったら?クズだゴミだと言われてる俺が高野さんが好きだって、拡散したら?)

勿論、恭也は敵を沢山増やす事になる。だけじゃない、他の人も、皆、その瞬間から敵となるのだ。

「青春ですねえ~!調度いい機会だし、ここで告っちゃえば?」

「そうだ、おい告れよ。好きだって言って楽になっちゃえよ」

「違う。好きじゃない。俺は高野さんに興味なんてない!違う!」
さすがに不味いと思ったのか、普段声も出さない恭也が声を荒げた。敵は「あいつら」だけで十分なのだ。
それをものともしない「あいつら」とクラスの皆は、一斉に追い打ちをかける。

「ほら告白しろよ告白!」
「まじであんな奴が高野さんに告白とかすんの?」
「キモッ」
公開処刑おもしろ」
「高野さんカワイソー」
「さっさと告白しろよ」
「フラれろフラれろ!」

ごちゃごちゃとした、今までにない喧騒が恭也の耳を劈いた。
頭が破裂しそうになる。怒りと悲しみと、理解しがたいものがぐるぐると渦巻いて、脳内を侵食していく。そして真っ白になる。


あ、もう何も考えられない。
そう思って気がついた時には、視線で冷え切った廊下を一人、駈け出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「ッ、おえ、エエエッ、あ゛」
ビチャビチャッ、と吐瀉物がトイレに落ちて行く。
酸の効いた臭いが鼻を刺す。吐いた衝撃とその臭いで、自然に涙が出る。
「けほっ、けほっ」
泣きながらせき込む。すると次はさっきの出来事を思い出したことによって、ボロボロと涙が溢れて出てきた。

「なんで、こうなっちゃったんだろう」
涙で腫れた目を擦りながらぽつりと零す。
「俺、何もしてないよ。藤井にも深山にも、高野さんにも、クラスのみんなにも。それなのになんで、みんな俺を嫌うんだろう」
独り言がトイレに響き渡る。残響が、恭也の自問自答の空しさを酷く鮮明にしていた。
「笑わないから?会話ができないから?ゴミだからクズだから?それならいっそ放っておいてくれればいいのに。どうして俺を責める必要があるの?」
答えの無い自問が恭也の頭の中を掻き立てる。涙腺は決壊したかのように、涙を止めてくれる気配は無い。
「あは、あはははっ…」
理由の無い笑いがこみ上げてきて、気の抜けたように床に座り込んだ。鼻から垂れてきた胃酸も、もう気にならない。泣いたらいいのか、笑ったらいいのかすらわからなかった。
「もう、嫌だ。俺、ずっと我慢してきたのに。昨日だって一昨日だってその前も前もまえもずっとずっとずっと、我慢してきたのに。
ずるいよ皆。ずるい。全部俺の所為だって言うのはずるいよ。ずるいずるいずるい…俺ばっかり苦しいなんて、ずるい」
皆、「あいつら」が恭也につっかかってくるのを恭也の所為だという。高野さんが巻き込まれた時も、恭也には批難の声しか浴びせなかった。同情の声すら、恭也を責め立てる。

みんな一緒に苦しめばいいのに。

「そうだ。みんな一緒に苦しめばいいんだ。俺ばっかり苦しいのはやっぱズルいもの。なんだ、簡単なことだったんだ。」
ゆらり、と力の無く立ちながら、恭也は言った。皆苦しんでしまえばいいと。自分の痛みを知ればいいと。
「自分の痛かった分、全部、あいつらも感じればいいんだ…」
光の無い恭也の瞳から流れ出る涙は止まりはしないが、恭也本人はもう泣いてることさえわからない。もちろん笑ってることもだ。
真っ白な頭で唯一、光を思い出す。日の光や電気の光とは違う、ぼやけて、どこか悲しい色を帯びた、夢の光。
そこで、真っ白な髪を揺らした「彼」が、手を差し伸べていた。
そして血にぬれたような真っ赤な口でにやりと笑いながら、自分に言うのだ。
「復讐しようよ」、と。

「そうか、ここから、始まるんだ。俺の復讐が。」

顔を上げる。そこには壁しかないが、何かを見るわけでもなくただ黒く淀んだ顔で、前を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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